日本で花開いた多様な表現の歴史と現在
「アメリカンスタイルのダンス」は、ヨーロッパ、アフリカ、ネイティブアメリカンの多様な影響が融合し、米国で生まれ発展した広範なダンス形式を指します。これらは大きくボールルームダンスと、それ以外の特徴的なアメリカン・ダンスジャンルに分類されます。
概要:アメリカン・ダンスの潮流と日本における受容
アメリカンスタイルのボールルームダンスは、国際的な競技ダンスであるインターナショナルスタイルとは異なり、より自由な表現とオープンなダンスポジションを特徴とし、フレッド・アステアやアーサー・マレーといったダンサーの影響を受けて第二次世界大戦後に発展しました[1]。
日本におけるアメリカンスタイルのダンスの歴史は、19世紀後半の西洋文化流入に始まります。蒸気機関や避雷針といった産業技術とともに、西洋の衣服、音楽、そしてボールルームダンスが注目され始めました[2]。特に1960年代の経済成長期には、キャバレー、ジャズ音楽、レビューといった西洋スタイルのエンターテイメントが隆盛を極めます。その後、ミュージカルなどの大規模な舞台作品も日本で制作されるようになり、日本のダンスシーンに深く浸透していきました[2]。
現代においては、ヒップホップダンス、タップダンス、ジャズダンス、モダンダンスなど、多様なアメリカン・ダンススタイルが日本で独自の進化を遂げています。社交的な楽しみから、専門的なパフォーマンス、さらには日本の伝統文化への影響まで、これらのスタイルは日本のダンス文化に不可欠な要素となっています[2]。
考察点:主要なアメリカン・ダンススタイル
01. アメリカンスタイル・ボールルームダンス
競技と社交、二つの顔を持つペアダンス
導入:競技と社交、二つの顔を持つペアダンス
アメリカンスタイルのボールルームダンスは、優雅な動きと表現の自由を重視し、クローズドポジションに限定されない点が特徴です。フレッド・アステアやアーサー・マレーのようなダンサーたちの影響を受け、第二次世界大戦後にその多様性が確立されました[1]。このスタイルは「アメリカンスムース」と「アメリカンリズム」の二つに大別されます[1, 4, 5]。
技術用語の解説
- アメリカンスムース(American Smooth): ワルツ、タンゴ、フォックストロット、ウィンナーワルツなどが含まれ、フロアを流れるように移動し、ペアが離れて踊るオープンポジションが許容されることで、より自由で創造的な表現が可能です[1, 4]。
- アメリカンリズム(American Rhythm): チャチャ、ルンバ、イーストコーストスウィング、ボレロ、マンボなどが含まれ、リズミカルなボディアクションと音楽性が重視されます。インターナショナルラテンに比べ、よりエネルギッシュで官能的な動きが特徴です[1, 5]。サルサ、ウエストコーストスウィング、メレンゲ、サンバ、ハッスルなども関連付けられることがあります[1]。
- インターナショナルスタイル(International Style): 主にヨーロッパで発展し、世界的な競技ダンスの主流となっているスタイルです。終始クローズドポジションでの厳格なホールドと定型化されたフィガー(ステップの組み合わせ)が特徴で、競技会での採点基準が明確に定められています[23]。
肯定的意見/否定的意見:競技志向 vs. 社交的自由
アメリカンスタイル・ボールルームダンスは、日本で一般的に「社交ダンス」として認識されている競技志向のインターナショナルスタイルとは一線を画します[2, 3]。
- 肯定的側面(社交性、自由度): アメリカンスタイルは「どんな場所でも、どんな音楽でも、どんな相手とでも」一緒に楽しめる真の「社交」ダンスと評されます[18]。ダンス用に特別に編集された曲だけでなく、日常的な音楽に合わせて踊れる柔軟性があり、映画やテレビのパーティーシーンで見られるようなカジュアルなペアダンスとしての魅力があります[2, 3]。パートナーとの交流を重視し、ダンスそのものを楽しむことに重点を置くため、初心者にも始めやすいという利点があります[3]。
- 挑戦的側面(普及の課題): 日本では長らくインターナショナルスタイルが「社交ダンス」の主流として定着しており、公益財団法人日本ボールルームダンス連盟(JBDF)やその傘下の東部日本ボールルームダンス連盟が競技会開催や普及活動を主に行ってきました[21, 22]。このため、アメリカンスタイルはまだ「隠れた」存在であり、その魅力をより広く一般に伝えるための努力が求められています。
日本での普及と専門団体、教室の活動
近年、日本でもアメリカンスタイル・ボールルームダンスの魅力が再認識され、徐々に広がりを見せています。
ダンス教室: 東京の「ジャパンソーシャルダンスクラブ(JSDC)」や大阪の「LM DANCE Osaka」など、アメリカンスタイルボールルームダンスを専門的、または並行して教えているスタジオが存在します[3, 19]。これらの教室では、グループレッスンを中心に体系的なカリキュラムを提供し、ダンス経験がなくても気軽に始められる環境を整えています。また、「アメリカンスムースダンスTOKYO」のように、アメリカンスムースに特化したレッスンを提供するところもあります[3]。
専門団体: 「アメリカンペアダンス協会 (American Pair Dance Association in Japan)」がアメリカンスタイルのペアダンス情報を提供し、練習会やイベントを毎月開催しています[20, 17]。
02. ヒップホップダンス
ストリートから教育現場へ
導入:ニューヨークのストリートに生まれた文化
ヒップホップダンスは、1960年代後半にニューヨーク市のブロンクス地区で、より広範なヒップホップ文化の一部として誕生しました[1]。ブレイクダンス、ロッキング、ポッピングといった様々なストリートダンススタイルを包含し、その即興性とエネルギッシュな動きが特徴です[1]。
日本への伝来と普及の要因:映画とメディアの力
日本におけるヒップホップダンスの普及は、1980年代から本格化しました[24, 25]。
- 映画の影響: 1983年公開の映画『フラッシュダンス』で披露された路上でのブレイクダンスは日本で大きな注目を集め、ブレイクダンスをする人々が急増しました[27]。これに続き、『ワイルドスタイル』や『ビートストリート』など、ヒップホップを題材にした映画が相次いで公開され、多くの日本人ダンサーに多大な影響を与えました[27]。
- メディアでの露出: 「ダンス甲子園」をはじめとするテレビ番組での企画は、ヒップホップダンスムーブメントを全国に広め、メディアにおけるその地位を確立しました[24]。
- レジェンドチームの登場と多様化: 1994年のエリートフォース来日などを経て、1990年代後半には日本のヒップホップダンス文化はさらに進化し、伝説的なチームが次々と話題を呼びました。近年ではヨーロッパの影響を受けるなど、そのスタイルも多様化しています[29]。
現代における多様化と教育への導入
現代の日本では、ヒップホップダンスは幅広い世代に親しまれるダンススタイルとなっています[24]。
- ダンス環境の整備: 全国各地にヒップホップダンスの教室や大会が展開され、子供から大人まであらゆる世代が興味を持つようになっています[24]。日本のダンサーがアメリカで開催される世界大会で活躍する例も見られます[15]。
- 教育への導入: ヒップホップダンスが学校の必修科目に取り入れられるなど、その普及率はさらに上昇しており[28, 29]、日本の文化として深く根付き、発展を続けています。
03. タップダンス
リズムが生み出す表現の歴史
導入:パーカッシブな足元が紡ぐ物語
タップダンスは、19世紀初頭にアイルランドのステップダンスとアフリカのリズミカルな足技が融合して米国で生まれた、独特のダンスです[1]。靴の底に取り付けられた金属の「タップス」で床を叩き、複雑なパーカッシブなリズムを生み出すことが特徴です[34]。
日本への導入と先駆者たち:ジョージ堀と中野ブラザーズ
日本のタップダンスの歴史は、1920年代にアメリカ映画やレビューを通じて紹介され、数々の先駆者たちの尽力によって普及しました[30]。
- 黎明期: 1931年、ニューヨークで活躍していたジョージ堀が松竹歌劇団にスカウトされ帰国。東京・新橋で日本初のタップダンス教室を開校し、タップダンスを日本にもたらしました[30, 31]。彼の弟子からは、後に日本のタップダンス界を牽引する中川三郎や吉田タケオといった名ダンサーが輩出されました[30]。
- 戦前から戦後にかけて: 宝塚歌劇団やレビュー劇場でダンスナンバーの一部としてタップダンスが取り入れられ、徐々に広まりました[33]。第二次世界大戦後にはアメリカ文化が再流入し、ジャズ音楽や映画とともにタップダンスが再び注目を集めます[30]。
- 中野ブラザーズの登場: この時期、吉田タケオに師事した中野ブラザーズ(中野章三、啓介)が登場し、1950年代に日本のタップダンス界に大きな変革をもたらしました。彼らの息の合ったステップ、スピード感のあるリズム、華やかな舞台姿は多くの観客を魅了し、レビューやテレビ番組で活躍することで、全国にタップダンスの魅力を広めました[32]。
一時的な停滞と現代の再評価、多様なスタイル
中野ブラザーズの活躍後、タップダンスは一時的に形式的なダンスとして定着し、地味な存在となっていた時期もあります[30]。
04. ジャズダンス
エンターテイメントから芸術へ
導入:アフリカ系アメリカ人の文化とジャズ音楽の融合
ジャズダンスは、20世紀初頭にアメリカでアフリカ系アメリカ人によって生み出され、ジャズミュージックに合わせて踊られていたダンスです[1, 37]。その起源はアフリカンダンスにあり、奴隷制度下で禁止されながらも形を変えて受け継がれていきました[39]。即興性、シンコペーション、エネルギッシュな動きが特徴とされます[1]。
戦前の日本での受容:レビューとダンスホールの隆盛
日本におけるジャズダンスの普及は、戦前と戦後に異なる形で進行しました[38]。
- エンターテイメントとしての普及: 1920年代に入ると、アメリカで発展したレビューが日本でも受け入れられ、川端康成などの作家を通じて「ジャズダンス」という言葉が大衆に広まりました[38]。日劇ダンシングチームや少女歌劇団などが生まれ、日本のジャズダンスの土台が形成されていきました[38]。
- ダンスホールの流行: 1920年代初頭には海外のジャズバンドが日本公演を行い、ジャズの人気が全国に波及しました[40]。これにより、ジャズに合わせて踊るダンスホールが次々と開業し、1940年に営業が禁止されるまでの約20年間、ジャズとダンスは社会現象となるほどの盛り上がりを見せました[38]。
- ミュージカル映画の影響: 1927年にアメリカで公開されたトーキー映画『ジャズ・シンガー』が1930年に日本で公開され、ジャズダンスの前身であるタップダンスが本格的に紹介されるなど、ミュージカル映画もジャズダンスの普及に大きく貢献しました[38]。当初は「インチキ・レビュー」といった批判的な意見もありましたが、新しい表現形式として着実に広がりを見せました[38]。
戦後の芸術舞踊としての確立と現代の多様性
第二次世界大戦中、日本ではジャズが禁止されましたが、終戦後、アメリカ文化の再流入とともにダンスホールも営業を再開し、ジャズは大衆音楽として再び広まります[38]。
- シアターアートとしての発展: 戦後になると、伊藤道郎らの影響もあり、シアターアートとしてのジャズダンスが広がりを見せました[38]。アメリカでは、レスター・ホートンによってジャズダンスのベーシック・テクニックが確立され、アルヴィン・エイリーがそれをダンス作品に取り入れたことで、ジャズダンスはバレエやモダンダンスと同等の芸術舞踊の一ジャンルとして認知されるようになりました[39]。
- 現代の多様性: 現代の日本では、ヒップホップの要素を取り入れた「HIPHOPジャズ」や、スローテンポの曲に合わせる「スロー・ジャズ」など、多様なスタイルが存在します[41]。ジャズミュージックに限定されず、様々な音楽に合わせて踊られるようになっています[41]。
05. モダンダンス
自由な身体表現の探求
導入:バレエからの解放を目指した革新
モダンダンスは20世紀初頭に欧米で誕生しました[1, 46]。古典バレエの厳格な制約からの脱却を目指し、個人の表現、自然な動き、感情の直接的な表現を重視する舞踊です[1, 46]。イサドラ・ダンカンやマーサ・グラハムといったアメリカの先駆者たちがその発展に大きく貢献しました[1]。
日本における「洋舞」としての黎明期とドイツ表現主義舞踊の影響
日本では同時期に「洋舞」として紹介され、その後独自の発展を遂げました[44]。
- 黎明期と創作舞踊の芽生え: 日本における現代舞踊の始まりは、1912年にイタリアのバレエマスター、G.V.ローシーが帝国劇場に招かれ、歌劇部員にバレエを指導したことに遡ります[43]。ローシーに学んだ石井漠は、1916年に自身の創作舞踊作品を発表し、日本の洋舞界に創作的な気運をもたらしました。これが現代舞踊の萌芽とされています[43]。高田雅夫・せい子夫妻もこの時期に活動し、伊藤道郎は海外での活躍を経て1931年に一時帰国し、日本の舞踊界に新たな刺激を与えました[43]。
- ドイツ表現主義舞踊(ノイエ・タンツ)の影響: 1933年にドイツから帰国した江口隆哉・宮操子夫妻によって、マリー・ヴィグマンに学んだノイエ・タンツ(ドイツ表現主義舞踊)が日本に紹介されると、その新鮮さと革新性が人々に大きな衝撃を与え、バレエとの基本的な違いが明確に認識されるようになりました[43]。
戦後の復興と「現代舞踊」の確立、コンテンポラリーダンスへの展開
太平洋戦争の勃発は、発展途上にあった日本の洋舞界に様々な制約をもたらしましたが、1945年の終戦とともに舞踊活動は徐々に復興の道をたどり始めます[43]。
- アメリカ文化の影響: 1953年にアメリカ文化センター東京が設置されると、その事業の一環としてモダン・ダンスの普及に力が注がれました[44]。1954年にはマーサ・グラハム舞踊団が来日し、その作品は日本人の心に響き、日本の舞踊に大きな影響を与えました[44]。
- 現代舞踊の確立: 戦後、日本の洋舞界、特に現代舞踊界では、自由な立場から現代的で豊かな創作作品が数多く発表されるようになりました[45]。舞踊家たちの強い要望により、1948年には「日本芸術舞踊家協会」が結成され、1956年には「全日本芸術舞踊協会」に改組されました。その後、1972年には社団法人化され、現在の「一般社団法人現代舞踊協会」として、現代舞踊の発展と振興に大きく貢献しています[42]。
- コンテンポラリーダンスの台頭: 1960年代以降、従来のダンスの形式や社会の変化に対応して、ポストモダンダンスが登場しました。これはモダンダンスの形式主義を否定し、パフォーマンス・アートや即興といった要素を取り入れています[47]。日本においても、2000年代初めにはコンテンポラリーダンスが広く知られるようになりました[48]。現代の日本のダンスは、総合的なパフォーミングアートとしての世界を確立し、多くの愛好者によって鑑賞されています[48]。
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